偏差値30台でご入塾(4年生夏)→6年生より当塾のみに切り替え、偏差値55の学校にご進学

「読まない派」「計算ミス女王」の娘

5年まで集団塾に通っていましたが、紆余曲折あり6年からはメイプスだけで行く決意をしました。

集団塾でポケーっと過ごしていた数時間、メイプスではずっと手元を見られているので気が抜けない状態。娘もきつかったと思います。家でもメイプスでも数々の反乱を起こし、受験をやめるやめないを繰り返しました。夫には「(私と)出会ってから長いけど“絶望”っていう顔を初めて見たよ」と言われるくらい、私も辛い毎日でした。

多くの受験生はどうしたら成績が上がるか、という悩みを持つと思います。しかし、我が家はそれ以前の問題。「どうしたらこの子は勉強してくれるの?」をずっと考え、あの手この手を使い、なんとか勉強させている状況でした。GWを過ぎれば自覚が出てくる→出ない、夏の天王山を乗り切れば目の色が変わる→変わらない。

そんな娘も冬休みに入ってやっと受験生らしくなってきました。それでも余力がある感じで埼玉受験に突入。1回目、不合格。2回目、不合格。3回目でやっと合格。同じ学校から2度もフラれ、3度目はギリギリの合格でした。さすがに応えたようで、ここから顔が変わってきました。

そして入試一週間前、秋から封印していた熱望校をやっぱり受験したいと泣きながら訴えました。先生にも「覚悟はできてるね?受けたいなら受けよう!やろう!」と叱咤激励され、そこから1週間、毎日午前午後過去問を解きました。

その1週間は、これまでとは別人のように集中し、服を脱ぎ捨て、髪を振り乱し、時には興奮のせいか鼻血を出しながら過去問に取り組みました。熱望校の結果は残念でしたが、第2・第3志望は合格をいただき進路が決定しました。本人もやりきったという清々しい気持ちで春の入学を楽しみにしています。入試1週間前のあの子は幻だったのかと思うほど今はだら~んとしています笑

「母親は女優になれ」とか、「受験期に言ってはいけない言葉」とか言われていますが、私は女優にはなれなかったし、言ってはいけない言葉をほぼ言ったし、泣きながら取っ組み合いの喧嘩もして壁に穴も開けたし、受験生の母親としてはダメダメだったと思います。でもこれが現実、我が家の受験です。こんなに家族で一丸となって取り組むことはこの先ないと思います(7つ下の妹も色んなことを我慢して、姉のストレスの吐口になりながら頑張りました!)。そしてこの受験をしなかったら知らなかった我が子の顔を見ることができた、それだけでやってよかったと思っています。また、中学受験経験のない私には中学受験の勉強が新鮮でした。こんな勉強できる小学生って幸せじゃない?と思いましたが、それは大人の意見ですよね。「へ~、ママこんなの知らなかった。どうやってやるの?」とうまく乗せられればこっちのものです。

子供には「諦めないで!粘って!」と言うけれど、意外に親の方が出来ていないのかもしれません。「この子には無理かも」と思わず最後まで信じること。何度も裏切られ、結果も出さないのに信じられるか!と思いますが、最後は信じて応援するしかないです。

過去問はいつまでに終わらせるとか、合格判定20%なら志望校変更するとか、これをやったら偏差値があがったとか、色々な情報がありますがそれに惑わされないことも(私も大いに惑わされましが)大切だと思いました。受験するのは目の前の我が子、誰とも同じではない一人の我が子。子供が勉強している姿見ていれば、手元を見ていれば、何がダメなのか、何が必要なのか見えてくると、先生から教わりました。

メイプスで一番初めに教わったこと「左手を出しなさい」。
家訓にしてもいいくらい大切な言葉です。
勉強に対する姿勢(身も心も)が整っていないと、いくらやってもダメなんだと痛感しました。

手のかかる娘を最後の最後まで見てくださった先生には本当に感謝しています。
親でさえ手を離したくなった時期も、深い深い愛でしっかり握っていてくださいました。

娘は「“元”読まない派」「“元”計算ミス女王」だからね!と言っていますがどうでしょう・・・笑